音楽で涙して心の浄化

もっと音楽のある生活を、もっと音楽にエネルギーを注ごう、と思って、10月からバイオリンのレッスンを始めた。なぜバイオリン?

実はずいぶん前からチェロを弾いてみたいと口に出してはいたものの、実行に移せなくていた。ただチェロが好きだから。バッハの無伴奏チェロ組曲が大好きだから。パブロカザルスが昔から好きだから。ヨーヨーマが好きだから。2Celloが好きだから。ハウザーはしょっちゅうYouTubeに美しいクロアチアを背景に撮ったビデオを揚げてくれているし。いつもチェロの音色を聴いていたい。

それである日、近所のいつも行ってるドラッグストアに行ってなんだか必要もないもの買って帰ろうとすると、ミュージックスクールという看板が突然目に入った。こんな近所にミュージックスクールなんてあったの気付かなかった、と電撃が走る。その途端にチェロ教えてるか聞いてみよう、とすぐ反応して、ドアを開けた。あいにくチェロはないけど、バイオリンならロンドンから帰ったばかりの先生がいますと言われて、今日あとでよかったらフリーレッスンに来てみない、と言われて。

それから3ヶ月、ほぼ週一のマスク付き個人レッスンが続き、バイオリンをレンタルすることを昨日決めて、バイオリンを初めて家に連れ帰った。弦楽器の親戚だから、チェロの前にしばらくバイオリンを楽しむことにした。レンタルをした楽器屋にいたお客さんが、「バイオリン弾くの」って声をかけてくれた。本当はチェロやってみたかったんだけど、近くのミュージックスクールになくてバイオリンになったんだけど、楽しんでるって言うと、その方、自分はバイオリン教えてた、ってチェロも。チェロの方が座るからバイオリンよりは少しとっつき易いかも、のようなこと言ってくれて。うーん、なるほど、でもチェロにご縁がある時までバイオリンの音色を楽しむことにした。

そういえば、昔、誰かバイオリンを習っている人が近くにいると少しジェラシーを感じていたことがあった。ジェラシーを感じるってことは、自分がそうしたい、そうなりたいというサイン。アンテナがそっちの方向に行きたいと言っている証拠。今、レッスン始めてみて、その小さなジェラシーは消えて、「心は穏やか喜び満ちて」いる。

知ってる曲を弾きたくて初級でもトライできそうな曲を探してみると、G線上のアリア以外にもパッヘルベルのカノンがあって、ビデオをみているうちになんか涙がポロポロ。なんで? 昔のことを思い出した。高校の頃、しかも年末の今頃、パッヘルベルのカノンを何回も何回も繰り返して聴いて涙していたことがあった。レコードだったのかテープだったのか、まあそんなもので音楽聴いていた頃。カノンは聴くたびに泣ける。泣くのは心の浄化。他にもユーモレスクとか子供の頃に練習したピアノ曲とか、中級ぐらいになるとタイタニックの映画音楽がバイオリンでも人気とかでビデオ上がっていて、これまた泣ける。いっぱい心の浄化ができた。

楽器屋さんの話によると、コロナになってから音楽レッスンとか楽器レンタルは増えてきているという。こんな時、くさっていても始まらない。家にいて、ビデオも見飽きた。音楽しよう、ということだ。嬉しいことだ。音楽やって心の浄化をしよう。

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